2014年01月21日 教授

LINEで送る

さて、課題の苦労話の前に、1期生の選考について語ろう。というのも、初めてのゼミ募集で、何をどうしたらいいか誰も教えてくれないので、ビデオ制作をやるというふれこみでゼミ生を募集した。1984年当時、社会学部のゼミは自由応募制で、一人がいくつものゼミに応募できた。現実には、1週間の募集期間にゼミ選抜試験があるので、最大で、5つのゼミを受けられたわけである。当然、受かる人は複数のゼミから内定をもらうわけで、今と比較はできないが、人気ゼミは100人を超える応募者が普通であった。で、稲増ゼミはと言うと、何と、300人の志望者が殺到して、さしずめ、初登場でいきなり1位にランクインみたいな状態となった。初めての募集だし、当時の私は、法政とは縁のない超無名人なわけだから、やはり、周りが勉強中心の真面目なゼミの中に、「ビデオ」という看板が強烈だったみたいで、春の珍事となったわけである。

“稲増ゼミ物語−5” への2件のフィードバック

  1. 稲増龍夫 より:

    初めての本格的コメント!いいものです。皆さん、遠慮せずにどんどんコメントどうぞ!

  2. 小野敦子 より:

    「カフェバーの研究」とか「アイドルの研究」など楽しそうなことばかり書いてある募集要項。きっと人気になるだろうと予測できたので、私は他のゼミの説明会に参加し、友人に稲増ゼミの試験用紙を取ってきてもらいました。論文のテーマは確か『今までの人生でいちばん印象に残っている出来事を映像的に書きなさい』だったと記憶しています。
    友人にどんな先生だった?と聞くと、「変わってる先生」と一言。
    私は迷うことなく、初めて金縛りにあった時に見た光景のことを書きました。
    合格者の名前が貼り出される掲示板前で待っていると、そこに現れたのは後の宅八郎氏でした。
    300人も志望者がいたとは。。。友人の一言に感謝。二人とも一期生になれたことを改めて驚きながら、稲増ゼミの今のレベルの高さにひたすら感心しています。
    先生曰く、君たちのは作品とも呼べないレベル。
    でも、朝日新聞ビデオコンクール審査員奨励賞取りましたよ~、すべて高田くんのおかげですけどね。
    30周年パーティーの二次会で、今の機材で今撮ってみたいね~と夢描く一期生でした~(^^)

コメントを残す

post date*

日本語が含まれない投稿は無視されますのでご注意ください。(スパム対策)

メールアドレス

パスワード


>ログインできない方はこちら

LINEで送る

キーワード

ページトップへ戻る