2014年02月13日 教授

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さて、1期生の活動内容だが、おそらく1ゼミ時点だけなら、稲増ゼミ史上でもっともハードかつ先鋭的なゼミだっただろう。市ヶ谷という立地もあって、都内でいい展覧会(たとえばビデオアーティストのナム・ジュン・パイク展)があったら、そこに見に行ってレポートを課したり、全員で、当時人気絶頂の夢の遊民社の舞台を観劇に行ったり、「先端」を追いかけるゼミを目指した。ある意味、、自分がこんなゼミがあったらいいなという理想を追求した自己満足そのものであった。ゼミ生たちがついてきたかと言うと、そこは無視して走っていたので、よくわからないが、おそらく、わけがわからなかったと思う(笑)。まあ、1年経って、これは無理だと思ったので、かなりトーンダウンした記憶がある。というか、多摩でのゼミが始まったので、今後のことを考えて、そちらを確立するのに関心が移ってしまったのかもしれない。実際、2年目で、市ヶ谷に残る社会学部生は3、4年だけとなり、多摩での専門科目も開講されたので、私だけでなく多くの社会学部の先生も、主戦場は多摩になってしまったのである。その点で、1期生の活動は中途半端になってしまったかもしれない。その点は、やや悔いが残っている。とは言え、市ヶ谷生なので、普通に他心でのキャンパスライフを謳歌して、卒業していってくれたのはありがたかった。実際、昨年の30周年パーティでも、一ケタ台の期の卒業生は、ちょうど多忙な年齢ということもあり、どこもほぼ数名の参加者だったのが、1期生だけは10人近く参加してくれ、さすが「花の1期生」という面目躍如だった。

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