ブログのコメント機能を追加しました(2014/1/1)

Webページの不具合、追加機能などのご要望はこちらまでコメントお願い致します

2014年02月13日 教授

LINEで送る

さて、1期生の活動内容だが、おそらく1ゼミ時点だけなら、稲増ゼミ史上でもっともハードかつ先鋭的なゼミだっただろう。市ヶ谷という立地もあって、都内でいい展覧会(たとえばビデオアーティストのナム・ジュン・パイク展)があったら、そこに見に行ってレポートを課したり、全員で、当時人気絶頂の夢の遊民社の舞台を観劇に行ったり、「先端」を追いかけるゼミを目指した。ある意味、、自分がこんなゼミがあったらいいなという理想を追求した自己満足そのものであった。ゼミ生たちがついてきたかと言うと、そこは無視して走っていたので、よくわからないが、おそらく、わけがわからなかったと思う(笑)。まあ、1年経って、これは無理だと思ったので、かなりトーンダウンした記憶がある。というか、多摩でのゼミが始まったので、今後のことを考えて、そちらを確立するのに関心が移ってしまったのかもしれない。実際、2年目で、市ヶ谷に残る社会学部生は3、4年だけとなり、多摩での専門科目も開講されたので、私だけでなく多くの社会学部の先生も、主戦場は多摩になってしまったのである。その点で、1期生の活動は中途半端になってしまったかもしれない。その点は、やや悔いが残っている。とは言え、市ヶ谷生なので、普通に他心でのキャンパスライフを謳歌して、卒業していってくれたのはありがたかった。実際、昨年の30周年パーティでも、一ケタ台の期の卒業生は、ちょうど多忙な年齢ということもあり、どこもほぼ数名の参加者だったのが、1期生だけは10人近く参加してくれ、さすが「花の1期生」という面目躍如だった。

2014年02月10日 教授

LINEで送る

本日、25期生同士の杉浦勇輝、小ケ嶋美保の結婚式が舞浜のシェラトン・トーキョーベイホテルでありました。大雪の翌日という悪コンディションながら、本人たちも含め、ゼミ生25名中19名が出席し、堂々の同期会でした。ちなみに、ゼミ生同士の結婚は、これで13組目です。小ケ嶋は「オガシマジック」の持ち主で、基礎ゼミでは半数を超える男子、稲増ゼミでも半数近くの男子から告白されるという「モテモテ女子」で、討ち死にした多くのゼミ生の屍を乗り越え、杉浦がゲットしたといういきさつがあります。そう言えば、今日の欠席者はほぼ「討ち死に組」というのは偶然だろうか?杉浦は、当初はマスコミ志望だったものの、就活時には、稲増ゼミ男子としては異例の「金融第一志望」で、三井住友信託銀行に就職しました。なので、支店長などが列席されており、いつもの、ギリギリをつく「危ないスピーチ」で大丈夫かなとも思ったけど、結局、「オガシマジック」の実態を大暴露で、内輪的には大受けでした。ともかく、ゼミ生全員での映像+生うたのパフォーマンスもあり、とても和気あいあいのいい結婚式でした。

2014年01月30日 教授

LINEで送る

前回、1期生の選考について述べたが、初めての選考なのでどういう基準で選んでいいかまったく見当がつかなかった。何せ300人ということで、面接どころか、まったく会うこともできなかったので、純粋な書類選考のみだった。趣味があうだろうからということで、アイドルやサブカルなどの流行現象に興味がありそうな学生を中心に選んだ。やはりというか、女子の方が元気が良さそうな子が多かったので、結局、男子10名、女子14名を選んだ。出身高はあえて問わなかったが、ふたを開けてみると、14名の女子のうちの8名が「法女」出身であった。ちなみに、当時の私は、「法女」という付属校があることさえ知らなかった。法女軍団は明るくパワフルであったが、そのおかげで男子がややイジケ気味になってしまったのは予想外であった。なお、ビデオ制作を打ち出したわりには、私が純粋に映像素人だったので、8ミリやってましたみたいな学生は選ばなかったような気がする。まあ、その程度の覚悟だったということで、経験者は、高田くんぐらいだったかな。

2014年01月26日 教授

LINEで送る

本日昼間、22期の北谷拓真くんの結婚披露パーティがありました。22期を中心に21、23期も含め、20人余のゼミ生が集結しました。30周年パーティでは、20期生までしかまわれなかったので、ちょうど、その続きができました。ちなみに、今日でゼミ生の結婚パーティ出席は60回目でしたが、初めての国際結婚で、相手はインドネシア人の大学院生ビリーさんでした。お色直しに、民族衣装で「川の流れのように」を歌って登場したのだけど、プロ級のうまさで驚きました。ともかくも、拓真、おめでとう!ちなみに、こういう時こそ、同期生なりが写真をこのサイトにあげてください。

2014年01月21日 教授

LINEで送る

さて、課題の苦労話の前に、1期生の選考について語ろう。というのも、初めてのゼミ募集で、何をどうしたらいいか誰も教えてくれないので、ビデオ制作をやるというふれこみでゼミ生を募集した。1984年当時、社会学部のゼミは自由応募制で、一人がいくつものゼミに応募できた。現実には、1週間の募集期間にゼミ選抜試験があるので、最大で、5つのゼミを受けられたわけである。当然、受かる人は複数のゼミから内定をもらうわけで、今と比較はできないが、人気ゼミは100人を超える応募者が普通であった。で、稲増ゼミはと言うと、何と、300人の志望者が殺到して、さしずめ、初登場でいきなり1位にランクインみたいな状態となった。初めての募集だし、当時の私は、法政とは縁のない超無名人なわけだから、やはり、周りが勉強中心の真面目なゼミの中に、「ビデオ」という看板が強烈だったみたいで、春の珍事となったわけである。

ログインID

パスワード


>ログインできない方はこちら

LINEで送る

キーワード

ページトップへ戻る