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2014年01月19日 教授

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稲増ゼミでビデオ課題を取り入れたといっても、何せ、市ヶ谷では専用のゼミ室もなく苦労した。機材は、VHSのビデオカメラ1台と、ポータブルのVHSデッキを2台購入した。機材自体はそこそこの価格だったと思うが、カメラがけっこう重く機動性はなかった。何せ、テープが高かった。テープだから編集で何度も重ね録画していくので、劣化の少ない高級テープを使ったが、2時間テープが1本で5000円!秋葉原で買っても4000円であった。編集は教授室を使ったが、市ヶ谷では2人相部屋。相手の先生が来ない日だけしか使えず、時価も限られていた。まあ、遊び半分の気持ちで始めたので、こんな環境でも、みんな嬉々として取り組んでくれた。ニュースはやらなかったが、夏課題とMTV課題はすでに1期生からあった。私もゼミ生も、まったくの手探り状態で課題がスタートした。

2014年01月11日 教授

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さて、1984年4月に、私が正式に法政大学社会学部専任講師となったので、いよいよ稲増ゼミが本格的に始動した。ちなみに、1984年という年は多摩キャンパス元年で、この4月から社会学部は多摩での授業をスタートさせたのであるが、実は、1984年に入学した社会学部生から多摩がホームになったので、2年生以降はまだ市ヶ谷に残っていた。よって、稲増ゼミ1期生は市ヶ谷生だったのである。

初めての純正稲増ゼミを開講するにあたって、本を読んで発表するみたいな座学方式ではなく、もっとアクティブなゼミにしたくて、当初は、私が高校〜大学と多少はかじっていた「演劇」をやろうかと思ったが、あまり社会学部っぽくないということで、やはり「映像」となったわけである。ただ、当時はまだ主流であった8ミリとなると、私はまったく素人だし、今さら感があったので、84年時点としては新しいメディアであった「ビデオ」をやろうとなった。たいして深い見通しはなかったが、この思いつきが、今の稲増ゼミを形作ったのである。

2014年01月07日 教授

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宅八郎のプロフィールには、法政大学社会学部中野ゼミ出身となっているが、私が、兼任講師として『稲増ゼミ」を受け持った翌1984年から法政大学に奉職した時点で、中野先生が復帰されて「(幻の)稲増ゼミ」はそのまま「中野ゼミ」に戻ったからで、彼が社会学部卒業時は中野ゼミ所属であった。

ちなみに、宅八郎と言っても、最近の学生は知らないだろうが、ちょうど宮崎事件が起きた頃に、典型的オタクファッションとキャラで雑誌・テレビなどで活躍していたオタク評論家であるが、前回にも書いたように、学生時代は超オシャレ人間だったから、ファッションについては「職業コスプレ」だったのだろう。学生時代は、いわゆるニューウェーブ文化に詳しく、彼に、原宿にあった伝説のクラブ「ピテカントロプス」に夜な夜な連れていってもらい、メロン、東京ブラボー、沼田元気などのライブを観たことは刺激的体験であった。

2014年01月05日 OBOG

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inazemidayo

稲増ゼミ23期 柳澤です。

本日、OB OGの皆様とゼミ生の皆さんへSNSの招待メールを送信しております。

PCアドレスに送付させて頂いておりますのでご確認、ご登録をよろしくお願い致します。

不明点などございましたら当記事のコメント欄にお書き下さい。返信させて頂きます。

2014年01月04日 教授

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そもそも私と法政大学を結びつけたのは、1970年代以降、マスコミにもガンガン登場し、社会学部の人気教授であった中野収先生の存在である。当時、東京大学社会心理学研究室の助手であった私は、ビビッドに現代文化に切り込む中野先生の研究スタイルに憧れ、勝手に押しかけ教えを乞うていた。その中野先生が国内留学で1年間、講義・ゼミを持たないので、2・3ゼミを代講してくれないかとなり、1983年に「中野ゼミ」の学生を「稲増ゼミ」として引き受け、兼任講師として、生まれて初めてゼミを受け持ったわけである。

3ゼミは卒論だけなので、ほとんどゼミに来ることはなかったが、2ゼミの10数人の学生とは楽しい時間を過ごした。彼らは、すでに中野ゼミで1年間ゼミ活動をやってきたので、やりたいことを好きにさせてあげた気がする。このゼミ生の中に、一人だけ2ゼミから入ってきた男子学生がいた。その意味で、彼は、「稲増ゼミ」という看板のゼミに入ってきたので、「稲増ゼミ生第1号」とも言えるが、彼は、テクノカットで、原宿の先端ファッションを身にまとった「超おしゃれ男子」であり、当時もてはやされた「新人類」を絵に描いたような学生であった。それが後に、テレビなどで「おたくキャラ」全開で活躍した宅八郎であった。

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